ガン闘病の大橋巨泉が死去!死因は急性呼吸不全!「とくダネ!」が真っ先に報じる

ガン闘病の大橋巨泉さん(82)が今月の12日に亡くなっていたそうで、訃報をニュースやネットではなく、20日の「とくダネ」で司会の小倉さんが真っ先に報じました。

何故?亡くなった12日ではなく、20日だったのか気になりますが、本日付で情報解禁という事でしょうけど。

大橋 巨泉さんのプロフィール
本名:大橋 克巳
生年月日: 1934年3月22日
出身:東京府東京市本所区両国(千葉県育ち)
職業 :タレント、ラジオパーソナリティ、放送作家、馬主、元議員

亡くなった大橋巨泉さんの死因については

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死因は急性呼吸不全

大橋巨泉さんといえば、がんで闘病生活をされていましたが、余命宣言をうけているなどの情報などもありましたし、やはり死因はガンでは?と思っていたのですが、

急性呼吸不全だったようです。

急性呼吸不全とは急性と慢性がありますが

呼吸不全はひとつの疾患ではなく、さまざまな疾患の結果として呼吸器能の低下が起き、十分な酸素を臓器に送れなくなった状態です。つまり、原因になった病名とともに使う状態名です。

 

そして急性呼吸不全の原因については、肺炎、 敗血症はいけつしょう、多発性外傷、ショック、 熱傷ねっしょう、 誤嚥性ごえんせい肺炎、刺激性のガスの吸入などがあげられるようで、

大橋巨泉さんは肺炎をこじらしての急性呼吸不全が原因かもしれませんね。

お年寄りが肺炎をこじらして亡くなるケースは多いうえ、大橋さんはタダでさえガンの闘病中で体力がなかったわけですから。

大橋巨泉のガン闘病

大橋巨泉さんは今まで何度もガンの手術や治療を行ってきました。

ざっくり大橋巨泉さんのガンとの闘病生活を紹介すると、

■一番初めにガンが見つかったのは、2005年5月

胃がん、そして手術。

■2度目は2013年11月

中咽頭がんを発症し摘出。

■3度目2014年11月

肺と食道の間にある「縦隔」のリンパ節に腫瘍を摘出はせず放射線治療。

■4度目2015年5月18日

肺がんが見つかりの手術で右肺の約3分の1を摘出。

そして今年の2016年には左鼻腔内にもがんが見つかり、4月には意識不明の状態に陥り、2週間も意識が戻りませんでした。

そして、5月からは集中治療室に入っていました。

そのため「週刊現代」に連載コラムの「今週の遺言」では7月9月号をもって最終回に

その最終回の原稿では

〈体力が戻ってこず衰えた〉
〈何時まで生きられるかわからない〉
〈老いた体をベッドに横たえ、たまに車椅子で外に出れば直ぐに高熱を出す始末である〉
〈ボクにはこれ以上の体力も気力もありません〉

 

と語っています。

そして最後には

〈今のボクにはこれ以上の体力も気力もありません。だが今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が連日報道されている。書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉

 

と安倍首相についての批判のような記事で締めくくられていて、この事が話題になりました。

それと同時に既に死期が近い事をわかっていたともとれる事から、死去間近と言われてましたが。。。

残念ですが、そのとうりになってしましましたね。

「とくダネ!」で小倉さん真っ先に報じた訃報

大橋巨泉さんが亡くなった事は既にマスコミ各社は知っていたと思うのですが、どこよりも早く真っ先に報道したのは、フジテレビの「とくダネ」

どこよりも早くこの情報を「とくダネ」が報じた事は、小倉さんが関係しているようですね。

むしろ、小倉さんが1番に伝えたかったのかもしれませんし、個人的にはこれがベストだったと思います。

大橋巨泉さんが亡くなった事はガンの苦しみから解放されたと思うと少し複雑な気持ちになりますけど、長い間ガンとの苦しい闘病生活ほんとうにお疲れ様でした。

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